日本プライマリ・ケア連合学会 第1回若手病院総合医勉強会 報告書
JCHO東京城東病院 総合診療科 森川暢
〇はじめに
日本プライマリ・ケア連合学会病院総合医委員会は、病院総合医の活動の普及の為に学術大会で委員会企画を行い、さらにホームページも作成することで、病院総合医の認知度を広げる活動を行っていた。また日本プライマリ・ケア連合学会の公式組織である専門医部会若手医師部門のなかに、2017年より若手病院総合医チームが公式に設立された。同チームは日本プライマリ・ケア連合学会学術総会、および若手医師のための家庭医療学冬期セミナーにおいて若手病院総合医を対象としたワークショップを行ってきた。今回病院総合医委員会が主催となり、専門医部会が共催し若手病院総合医チームが実働部隊となる形で『第1回若手病院総合医勉強会』を開催し盛会のうちに終了したため、ここに報告をする。
〇経緯
若手病院総合医チームとしての活動を行う中で、病院における家庭医療学の実践についての必要性を痛感してきた。病院総合医チームには家庭医療専門医にも加わっていただき、病院での家庭医療学の実践や必要性を参加者に理解してもらうようなワークショップを行ってきた。今回の第1回若手病院総合医勉強会は、病院総合医委員会の先生方のお力を借りて、今までの若手病院総合医チームの活動の集大成を目指した。従来の病院総合医の勉強会は、内科診断学や急性期内科マネジメントなど、バイオメディカルに特化した内容が重視されてきた経緯がある。確かに、診断学や急性期内科マネジメントは病院総合医にとって必須の能力であるが、それが全てではない。若手病院総合医チームの会議において、『一見、診断学を扱うように見せて実は、病院における家庭医療学の実践を参加者に体感してもらう』という目標を今回の勉強会の主眼とした。またコモンな病気を深く診ることが出来るということが病院総合医の特性であると考え、それを参加者に体感してもらうために『誤嚥性肺炎を徹底的に深める』というテーマを選んだ。誤嚥性肺炎はコモンであるが非常に奥が深く、感染症だけではなく、リハビリや栄養をはじめとした包括的な介入が必要であり、さらにアドバンスケアプランイングや臨床倫理も必須である非常に奥が深い疾患である。そのために、1つの誤嚥性肺炎の症例を徹底的にいろんな視点から深めていくという方法を取ることにした。参加者には、内科診断学の勉強会であると思ってもらうために、あえて『誤嚥性肺炎を徹底的に深める』というテーマを伏せて、勉強会の告知を行うこととした。実際の誤嚥性肺炎の症例を徹底的に深めるとリアリティがあると考え、若手病院総合医チームに所属する家庭医療専門医である大浦誠先生が実際に担当した誤嚥性肺炎の症例を使用した。大浦先生には、実際の症例の経過に関する解説に加えて、臨床倫理や家庭医療学のレクチャーも講師としてお願いすることにした。他の講師の人選であるが、病院総合医委員会が主催ということもあり、病院総合医委員会の先生方にお願いすることにした。導入として大浦
誠先生の症例が当初不明熱でコンサルトがあったことを踏まえて、一般的な内科症例検討会の形を取りながら病名が実は誤嚥性肺炎であり、さらに誤嚥性肺炎の診断について文献的考察を踏まえて徹底的に深めるようなレクチャーを構想した。その適任者として『内科診断リファレンス』などの著書で知られ深い文献考察に定評がある上田
剛士先生に病院総合医委員会から参加していただくこととした。誤嚥性肺炎におけるリハビリや栄養の重要性に関しては、病院総合医委員会であり家庭医療専門医およびリハビリ認定医を有する佐藤 健太先生に講師をお願いした。当日は、病院総合医委員会および若手病院総合医チームのスタッフも参加した。
〇当日の流れ
●開演 丸山理事長の御挨拶
日本プライマリ・ケア連合学会理事長の丸山泉先生が自ら来訪され参加者に激励をしてくださった。総合診療医にとって大切なことを、参加者に自ら語ってくださった。
●セクション① 上田先生の企画
症例検討会の形式で、院内の不明熱で総合診療科にコンサルトがあった症例を扱った。参加者に症例提示を行い、グループワークで診断について議論していただいた。不明熱ということで、感染性脊椎炎、感染性心内膜炎、薬剤熱、偽痛風、褥瘡感染など多彩な鑑別疾患が挙がった。また、不明熱の原因として誤嚥性肺炎もしっかりと挙げてもらった。
図① 実際のグループワークの写真
●ある班の議論の内容
〇鑑別疾患
①感染性心内膜炎 ②脊椎炎 ③誤嚥・誤嚥性肺炎 ④薬剤熱 ⑤デバイス(人工股関節感染) ⑥偽痛風 ⑦CDI ⑧胃癌の進行・転移 ⑨DVT ⑩褥瘡 ⑪胆嚢炎・胆管炎 ⑫尿路感染症(低緊張性膀胱の合併) ⑬膿瘍(腹腔内膿瘍、子宮瘤膿腫など)。
〇方針
・改めて診察所見を取り直す
・胆道感染も念頭に非侵襲的な腹部エコーは行ってよい
・腰痛があるので化膿性脊椎炎は除外すべき MRIは撮る
・培養を取り直した上で全身状態が逼迫していなければ抗菌薬・薬剤freeで経過観察
参加者の発表後に、不明熱の原因が誤嚥性肺炎であり、嚥下機能低下の原因が進行性核上性麻痺であったという展開を大浦先生から説明をしていただいた。
最後に上田先生から誤嚥性肺炎の診断についてのレクチャーをしていただいた。
〇上田先生レクチャーの内容
・発熱の原因について(特に、胸部Xpが正常の場合)
・嚥下評価について
・誤嚥性肺炎と誤嚥性肺臓炎の違い
・誤嚥性肺炎かそれ以外の肺炎かどうか(特に、市中肺炎、結核との鑑別について)
図2レクチャースライドから引用
●セクション② 佐藤 健太先生の企画
セクション①で進行性核上性麻痺による誤嚥性肺炎と診断がついたが、それで終わりではないという導入でセクション②を開始した。総合診療医なら、誤嚥性肺炎の嚥下評価のみならず、リハビリ、栄養、口腔ケア、多職種連携と包括的な介入をする必要があるという内容で、佐藤先生がレクチャーを開始された。
〇佐藤先生レクチャーの概要
・嚥下障害の原因検索をしっかりと行うことで、劇的に改善することがある
・嚥下障害の原因についての解剖学的な分類と、分類ごとの対応について(口腔期は口腔ケアを徹底するなど)
・嚥下機能のスクリーニングについて
・栄養への介入の重要性について
・誤嚥性肺炎の治療における多職種連携の重要性について(リハビリはセラピスト、栄養は管理栄養士、口腔ケアは歯科衛生士、食事の姿勢や環境はヘルパー、チーム統合は看護師が主体である。)
その後、佐藤先生のレクチャーを踏まえて各グループでディスカッションを行った。
実際に自分の病院で出来ることと出来ないことを踏まえて、明日からの臨床にどのように佐藤先生のレクチャーを応用するかという議論を行った。
図3 実際のグループワークの写真
〇ある班の議論の内容
まず各所属施設だったらどう対応しているか話してもらった。
・3回を超える複数回食事対応は困難なので最低限のカロリーをゴールにする
・神経変性疾患が地域的に多いので決して事例は珍しい感じではない
・リハ医が少なくSTが中心となって院内患者の嚥下評価を行っている
・ST不在のこともあるし自宅退院時の評価ができていないこともある
・佐藤先生のレクチャーを受けて、今までの事例で「もう少しできたかも」と思った
・佐藤先生のレクチャーを受けて、今後NST委員会を立ち上げたいと考えた。
●セクション③ 大浦先生のセクション
症例提示の続きを最初に行った。セクション②を受けて、リハビリと栄養による包括的な介入を行うことで、経口摂取が可能なまで改善したが、今後食べられなくなった時の栄養をどうするかというアドバンスケアプランニングを主治医から、患者本人と家族に行ったところ、「もう十分、生きました。すぐに死なせてください。」と本人から発言があった。
しかし長男と次男は患者本人の意思に反して胃瘻を作ってほしいと言った症例であった。
それを受けて参加者にどのようにするかについてグループディスカッションをしていただいた。
〇あるグループのディスカッション内容
・本人の明確な意思があるので、反して侵襲的行為を行うことのほうが倫理的に問題では。
・本人の意思を慎重に見極めることが重要。本当にそう思っているのかはよく確認すべき。
・家族に責任を負わせない(家族で決めて下さい、ではなく、あくまで本人、家族、医療者含め皆で決定することを忘れない)
・家族と医療者が対立しない。あくまで本人にとって最善の方法を一緒に考えて実践していく協力関係、チームのメンバーであることを家族に伝える
・本人の「迷惑をかけられない」をもう少し聞いてみたい。
・御家族の胃瘻の対するメリット・デメリット、ベネフィット・リスクをどのように考えているのか聞いてみたほうがよい
・POLSTや臨床倫理4分割などのツールを使うのも有用であるが、ただし記載内容の事実確認、その背景や意思の確認が難しい。
・母と次男の長年の生活が母が亡くなることで大きく変わる可能性もある。いわば長時間完成されていた親子の世界:小宇宙が崩れることへの心理的負担は家族にとっては大きいであろう。その点は配慮すべき。
〇上記のようにディスカッションをした後に、大浦先生からその後の症例の経過について説明を行っていただいた。
大浦先生の行った方法は、以下の通りであった。
・臨床倫理の4分割表を元に多職種で倫理コンサルテーションを行った。
・家族カンファレンスで解決の糸口を探った。
・POLSTを用いながらどのような最後を過ごしたいか皆で考えた。
・また家族図を作成しレバレッジポイントを探した。
・家族志向型アプローチで、もっとも本人と家族にとって良い形を模索した。
〇臨床倫理の4分割表
〇その後について
多職種カンファレンスを通じて、次男様が自宅で介護されることを決意した。ご本人様もひ孫の顔を見るまでは、長生きしたいが胃瘻を作ってまでではないと確認した。ひとまず末梢点滴と経口摂取を継続しつつ、在宅医療を導入し多職種で次男様を支援する方向とした。最後まで大浦先生が在宅主治医として関わりつつ、結局ひ孫の顔を見るところまで存命し、最後は大浦先生が在宅で看取りをされた。参加者は、大浦先生の症例提示に引き込まれ、感じるところがあったようだった。そして、最後は参加者から全体的な内容について質問があり、それについて講師に答えてもらうという場を設けて、会は終了した。
〇集合写真
〇事後アンケート
・回答者10
満足度: 非常に満足6 少し満足4
・習得したこと(自由記載) 重複
嚥下機能について(評価・診断・マネージメント・アプローチ)5件
誤嚥性肺炎の治療・特徴・重要性 6件
総合診療の奥深さ(BPS) 2件
・誤嚥性肺炎に遣り甲斐を感じるようになった?
非常に感じる5 少し感じる5
・病院総合医の遣り甲斐を感じるようになった?
非常に感じる6 少し感じる3 どちらでもない1
・ジェネラリズムが必要であると感じられたか
非常に感じる5 少し感じる4 どちらでもない1
〇本勉強会の意義について
病院総合医に必要とされる能力は何だろうか。病院総合医として診療を行う上で、各論的な内科の知識が重要であることは言うまでもない。しかし病院総合医に必要とされる能力はそれだけではない。上田先生が示された緻密な内科診断学の能力のみならず、佐藤先生が示された包括的なリハビリ栄養のアセスメント能力、さらに大浦先生が示された臨床倫理や家族志向のケアなど多種多様な能力が要求される。誤嚥性肺炎という一見遣り甲斐がないとみなされるかもしれない疾患であっても、どこまでの深めることが出来ることが病院総合医の特徴であると考える。また別の言い方で言えば、病院総合医には、全人的に患者をとらえるためにジェネラリズムつまり家庭医療学が必須であるとも言える。その趣旨が、今回の勉強会を通じて参加者に理解していただいたと自負している。日本プライマリ・ケア連合学会の公式企画としてこのような勉強会が開催できたことはとても意義深いものと考えており今後の日本の病院総合医の方向性を考えるうえでも重要な会であったと筆者は考える。